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システムキッチンの天板やエレベーターの扉、ビルの壁面パネルなど、私たちの身の回りにある「ステンレスの板」。
これらは図面上では同じ「#400仕上げ」や「#800(準鏡面)仕上げ」と指定されていますが、実は日本製と中国製(海外製)では、見た目の印象が決定的に異なることをご存じでしょうか。
日本製: 水面のようにしっとりと落ち着いた、「黒く深い輝き」がある。
中国製: 全体的に白っぽく明るいが、ギラギラとした「白い輝き」がある。
なぜ、同じ金属、同じ番手なのに「色」や「質感」が変わるのでしょうか?
そこには、カタログスペックには載らない、日本と中国の「モノづくりの哲学の違い」が隠されています。
今回は、ステンレスが最も美しく変化する#400〜#800番台の領域にフォーカスして解説します。
「#400」や「#800」という数字は、研磨に使う砥粒(とりゅう=研磨砂)の細かさを表す世界共通の単位です。しかし、その運用ルール(規格)には大きな差があります。
日本のJIS規格は非常に厳格です。「#400」といえば、全ての砥粒が規定のサイズ(約40µm前後)に揃っていることが求められます。
粒が揃っているため、ステンレス表面に刻まれる傷の深さが均一になり、ムラのない滑らかな肌に仕上がります。
一方、中国市場の実勢では、粒度分布の許容範囲が広く設定されています。「平均すれば#400相当」であっても、中に粗い粒(大きな砂)が混ざっていることがあります。
これが原因で、一見きれいに見えても、光を当てると「迷走傷」と呼ばれる不規則な深い傷が浮き出て見えることがあります。
#400(中仕上げ)から#800(準鏡面)へと仕上げていくプロセスにも、決定的な違いがあります。
日本の加工は、前の工程でついた傷を、より細かい番手で確実に消していく「積み上げ型」です。
「#400 → #600 → #800」と、中間の工程(特に#600)を省略せずに進めます。手間はかかりますが、深い傷が底まで消えるため、歪みのない真正な鏡面に近づきます。
中国の量産品は、効率を最優先する「ショートカット型」が主流です。 「#400 → (#600を省略) → 強力なバフ研磨」というように、中間の工程を飛ばすことが多々あります。
中国市場において「800#」という言葉は、物理的な砥石の番手ではなく、「どれくらい光沢が出たか(ワックスのグレード)」を指すマーケティング用語として使われる側面があります。
「黒い輝き」と「白い輝き」。この色の違いを生む最大の要因は、研磨時の「熱」と「水」です。
日本のコイルセンター(研磨工場)では、「湿式研磨」が標準です。大量の研磨油や水をかけながら、熱を冷やしつつ磨きます。
物理現象: 水がクッションとなり、ステンレス表面の焼け(酸化)を防ぎます。
視覚効果: 傷の底が鋭角にならず滑らかになるため、光が乱反射しません。その結果、ステンレス本来の重厚な「黒く深い色」が保たれます。
中国の量産品は、「乾式研磨」が主流です。油を使わず、空冷状態で高速回転するベルトやバフを押し当てます。
物理現象: 摩擦熱で表面が高温になり、微細なクラック(ひび割れ)や金属組織の変化が起きます。
視覚効果: 無数の微細な傷が光をあちこちに散乱(乱反射)させます。これが人間の目には、全体的に「白っぽく発光している」ように映ります。
なぜ海外製の研磨品は圧倒的に安いのでしょうか? 工程の省略だけでなく、実は使用している「材料(研磨剤)」の質にも大きな違いがあります。
鏡面仕上げに使われる研磨剤(緑色のワックスなど)の主成分は「酸化クロム」という高価な物質です。
日本の工場では高純度な研磨剤を使いますが、コスト重視の海外工場では、高価な酸化クロムを減らし、代わりに安価な充填剤(炭酸カルシウムなどの粉)や着色料を混ぜてカサ増しした材料を使うケースがあります。
さらに、安価な材料を使った研磨では切削力が落ちるため、傷を削り取るのではなく、「傷をワックスで埋めて隠す」という手法が採られることがあります。
リスク: 施工後のクリーニングで溶剤を使ったり、経年劣化したりすると、埋まっていたワックスが脱落し、隠されていた粗い傷や曇りが現れることがあります。
つまり、「安い製品には、安い材料を使うだけの理由がある」のです。
ここまで見てきたように、同じ「#400」や「#800」というラベルが貼られていても、その中身は全く異なります。商品を購入・検討する際は、以下の点に十分注意してください。
見積もりが極端に安い場合、それは「お得」なのではなく、「工程が省略されている」か「安価な材料が使われている」可能性が高いと考えるべきです。
材料費と手間を削った分だけ、価格は下がります。
価格が安い製品には、必ず理由があります。 初期コストを抑えることができる反面、工程の簡略化や代替材料の使用により、本来ステンレスが持つ耐久性や美観の持続性が損なわれている可能性があります。「安い=お買い得」と即断せず、その価格差が品質にどう影響しているか、リスクを考慮した上で検討することが重要です。
日中のステンレス板の違いは、単なる好みの問題ではなく、「品質管理」と「製造思想」の根本的な違いに起因しています。
日本式の品質(管理の徹底): 工程を積み上げ、高純度な材料を使い、物理的な平滑さを追求する「本質的な品質」。
中国式の品質(効率の徹底): 工程を短縮し、安価な材料と視覚的なテクニックでコストパフォーマンスを追求する「合理的な品質」。
「安さ」には必ず理由があります。その理由を理解し、用途に合わせて賢く使い分けることが、プロの調達における重要なスキルと言えるでしょう。